
最近はさっぱりですが、学生時代(ずいぶん昔のことですね・・・)には、
それでもぼちぼち星空の写真を撮り、その遠征先の風景などもフィルムに刻んでいます。
カラースライドやネガとして眠っている写真からいくつかを、スキャナで読み取って
21世紀の現代に甦らせてみました。
フィルムの感度も機材も、今ほどの性能はありませんでしたが、
ある種のアマチュアリズムは匂い立っているような気がします。
| かに座のプレセペ星団と木星の遭遇 木星は12年(正確には11.8年)で星空を一周する。 これは1978年12月下旬に 八ヶ岳南麓の山梨県大泉村で撮影したもの。 2002年の後半にはまた木星はかに座を訪問する。 氷点下10℃を割る中でのガイド撮影は なかなかホネの折れる仕事である。 |
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| おうし座ヒヤデス星団 オリオンに突っかかろうとする猛牛の顔の部分。 オレンジの1等星アルデバランは血走った牡牛の眼だ。 ヒヤデスは距離130光年の、太陽系に最も近い散開星団。 しかしアルデバランは68光年で、たまたま同じ方向にみえる 賑やかしみたいなものである。 |
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| 甲斐大泉、写真撮影遠征 上の写真を撮るための遠征である。 左の写真は星空撮影中のブレイクタイム。 何しろ寒い。左端がmasaruk、中央O君、右T君。同期の親友。 望遠鏡ケースの上が、霜に凍りついて銀白色に光っている。 右の写真は、帰る日に撮った小海線の列車背景のショット。 左O君、masaruk。写真撮影でだいたい30〜40kgの荷物を; フレームにくくりつけて担いだもの。 1978年12月 |
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| 清里美し森で捉えた星 左は白鳥座の銀河。露出中に流星が横切る。 全体が紫がかっているのは、先輩のアパートで 自家増感現像をしたことによる影響。 右は、はるか甲府盆地の上にポチリと光るカノープス。 中国名を南極老人星と言うこの星は、本来全天第二の輝星。 星の動きに合わせてガイドしているので、地上の風景が 流れて写っている。 1978年10月 |
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| 夜明けの富士、遠望 清里・美し森は、清里駅から斜面を八ヶ岳に向かって 数キロ上がったところにある。 海抜1500mの清澄な大気に加え、展望が素晴らしい。 一晩中星を見て迎える夜明けの楽しみは この、墨絵のような富士の姿である。 |
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| 富士の瞬間変化 左の2枚は、上段の富士のほんの7〜8分後の姿。 空がやや明るくなったのはもちろんだが、 富士の色合いが劇的に変化をしている。 富士山と手前に見える山との間の大気に 曙光の先触れが映えて、富士のシルエットというスクリーンに 微妙な色彩をひと刷毛染めているのだ。 1978年10月3日朝 |
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| カシオペア二題 カシオペアというとW型と習うが、 秋から冬に頭上高くかかるときはM型なのである。 秋の銀河に浸っていて星数が多い。赤い星雲も点在。 星の色を際立たせるには、 一〜二段絞っての静止撮影がよい。実にカラフルだ。 左=78年12月甲斐大泉 右=81年7月福島県浄土平 |
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| 清里・美し森の夜明け二題 左=この夜明けの透明度は最高だった。 何しろ10センチで14等星を確認したあとの夜明け。 中天のマイナス2等の木星が日の出後もしばらく肉眼で 見えていたほど。甲斐・信濃国境の山々のシルエット。 右=薄く沈殿する朝もやの向こうには、朝日に照り映える 南アルプスの連なり。 いずれも美し森、78年10月 |
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| 渦巻き星雲コンビネーション 星座の四季でいえば秋空に浮かぶ2つの銀河。 左のM31とは、かのアンドロメダ大星雲のことだ。 230万光年彼方の星の大集団。肉眼でも4〜5等の星のよう。 双眼鏡で、中心を包む光のにじみが明らかに。 M33は「さんかく座大星雲」と呼んでさしつかえない。 やはり200万光年ほどの独立した渦巻き銀河。 M31・M33、そして我が銀河系は、局所銀河群の仲間。 |
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| プレアデス星団とバラ星雲 左=M45・プレアデス星団。和名は「すばる」 410光年ほどの距離にある、美しく若い星々の群れ。 右=いっかくじゅう座にあるNGC2237・バラ星雲。 赤いバラの花を正面から見たかの如し。 このロゼッタネビュラ(ネビュラ=星雲)は、 暗い空のもとでは、双眼鏡でも淡いながらよく見える。 |
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| 東京・千住から二題 足立区千住には実家のマンションがある。 左=1982年1月10日未明の皆既月食は快晴に恵まれ、 全行程を観測できた。大学時代最後の天体写真。 月の右上の星はふたご座のポルックスとカストル。 右=同じ千住のマンション12階からの夕暮れ富士遠望。 左側に新宿の高層ビル群があるが、82年当時は パークタワーも東京都庁舎もない。 空気が澄んだ日の東京パノラマは捨てたもんじゃない。 |